「不都合な女」と「気が小さい男」が通った道の先は。

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1991年、僕はこの国に「女性」として生まれた。性自認は物心ついた時から男だったけれど、カミングアウトして治療を始める前の僕は女性社会の中で生きてきた。

女性であることは、とっても居心地が悪かった。それは性自認のせいだけではなく

あらゆる場面で「女は結婚して子供産んで家庭に入っていくことが幸せ」だという固定観念を押し付けられていたからだ。

高校の時、年配の先生から「女なんだからそこそこの大学でいいんじゃないか?」「吹奏楽だけやってても問題ないと思うぞ」と言われたり

体育の先生からは「生理で体育休んでばっかりだと元気な赤ちゃん産めないぞ」と言われた。

文化祭の日、友達から制服のズボンを借りて履いていた時には生徒指導部の先生に言われた一言で(覚えてないけど)高校に入って初めて先生に反発した。

吹奏楽部は態度よく、みたいな風習があってそれまでヘコヘコしていたけれど、何かむかついたことがあって反発したら即刻呼び出しを食らい、「お前は女なんだから」「ギャーギャー騒ぐ女子は嫌われるぞ」「他の吹部の女子は先生の言う事聞くぞ」と言われた。

きっと僕はあの時先生にとって「不都合な女」だったんだと思う。

声をあげ、反発し、先生の意にそぐわない態度を取る。

それに対して教師という立場を使って生徒と向く合うことをせず自分の意見を押し通そうとする。

「こいつ(教師)と話しても無駄だ」と思った。

高校を卒業してからも、僕はきっと大人にとって「不都合な女」だったと思う。

バイト先でも、その他のコミュニティの中でも。

生意気で、いう事を聞かない、反発してくる、かわいくない女。

セクハラや性暴力に対して「それはおかしくないですか?」「やめたほうが良いですよ」というだけで、めんどくさい、空気の読めない女だったんだろう。

それは男性からだけでなく、女性からも同じ目線を感じた。

「おとなしくしておけば盛り上がるのに。」

「ブスのくせにしゃしゃってる。」

「私たちまでめんどくさいと思われる。」

そんな「都合の悪い女」は、治療をして「男」になった。

女性の中にいた時には「態度がでかい」と言われていたのに

男性の中に入った途端「気が小さい」と言われるようになった。

でかいんだか小さいんだか、どっちなんだよ全く。

セクハラを咎めれば「気が小さい男だな」「これくらい男なら普通だぞ」と言われ

風俗のお店に誘われたのを断ると、ペニスがないことをバカにされるようなことをいわれた。

上司に意見を言えば「元女子だからそういうの気になるのか」と笑われ、胸を取る手術をすると言ったら「せっかくだから触らせてよ」と言われた。

今、僕のように声をあげる人とたくさん繋がってわかったことは、

その行動は「都合が悪い」ことでも「気が小さい」人がやることでもないってこと。

自分や、自分の大切な人の権利を守りたい。そういうかっこいい考えを持った人がやっているのだと思う。

もちろん、立場によって正義は変わるし、信じるものも違うから対立することだってある。

だから僕は、誰も傷付かなくていい場所を広げていきたいと思っている。

都合が悪い女と気が小さい男が通った道の先にはきっと、そういう場所が広がると思う。

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