同意を得るなら自分の持ち札を把握した方がいい。

man raising right hand 性同一性障害/治療
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何処ぞの市長がオリンピック選手のメダルを噛んだ。コロナ禍で、相手に断りもなく、同意も得ずに、その選手がやっとの思いで掴み取った金メダルを、口に含み音がなるくらいに噛み、挙げ句の果てには「愛情だった」という意味のわからない弁明をしていた。

あり得ない。全てにおいてあり得ない。気持ちが悪いし、最低の行為だと思う。

という話から、今回は同意を取る場面において「その場で強者になり得る人」の気を付けたいポイントについて書いていきたい。
なぜなら自分が「その場で強者になり得る人」という自覚があるからだ。

場面的強者性

社会的に強者とされているのは、男性・親・大人・健常者・先輩・上司・権力者・金持ち・肩書きがある人などだ。2人以上の集まりでは大抵《持ち札》の多い少ないでその場の強者が決まる。同じカードを持っていたとしても他のものを複数所持していればその人の方が強くなる。まるでポーカーゲーム。あれ、大富豪だっけ。まあいいや。

僕の持ち札は《男性》《大人》《健常者(日常生活に何か介助を必要としていない)》《上司》《法人の代表》だ。加えて《介護ヘルパー》というのも、場面的強者になるタイミングが多い。改めて見ると僕は持ち札が多い。
これを読んでくれているあなたは、いくつのカードを持っているだろう。自分の手の中にある「知らぬ間に持っている強者性」を再確認してみてほしい。

持ち札が多い人が気をつけなければならないこと。

ある場面において持ち札が多い立場に立った時。例えば会社の部下や後輩に意見を求めるときや、同意を得るときには気にしなければならないことがある。
それは「相手に立場や持ち札で圧をかけてしまっていないか」ということ。
上司だからNOと言えない。男の人だからNOと言えない。ヘルパーさんだからNOと言えない。と、場面的強者性でNOと言えない雰囲気を作ってしまっていないかだ。

本当はおかしいと思っていた、本当は嫌だった、本当はやめてほしかったことでも、今ここでNOと言ったら自分に危険や害が生まれると思うと言えなくなる。だから意に反してYESと言ってしまうことは、よく起きていることだと思う。

性的暴行を犯した人が「相手は同意していた」と言っているのを目にするが、もし拒否したら殴られるかもしれない、殺されるかもしれないという精神的に追い詰められた状態で口にする「YES」が本来の「YES」なわけがないのだ。

だからこそ、自分がもし一つでも強者性を持っていると思ったら、相手に同意を取るときの話し方や態度、場の雰囲気なども気をつけなければいけないと思う。

女子高生、だった頃。

僕はトランスジェンダーで、元々女性だったので「側から見たら女子高生」だった時期がある。
女子高生だった頃、大人たちと話をしても意見が通る場面なんてほぼなかった。何か言えば「女子のくせに」「経験もないのに」「まだ社会を知らないのに」と不機嫌さをぶつけられる。だったら最初から聞くなよって思うけれど「同意を得た」という建前が欲しかったんだろう。同意してないけど。

自分より社会的立場が弱い人に反論されると、不機嫌になる人がいる。そういうのを「優生思想」とか「男尊女卑」という。
「女のくせに」「子供のくせに」「障害者のくせに」と、自分より劣ってる(と思い込んでる)ものを理由に相手の意見や意思を捻じ曲げようとしてくるし、差別的な発言もする。肩書きや社会的地位がないと自分の意見も通せないやつの意見なんて、大抵碌でもないのに。

だからこそ、僕は。

自分に部下に同意を得るとき、利用者さんに何か提案をするとき、自分よりも年齢が若い人と話をする時。肩書きや年齢で自分の意見を鵜呑みにされないようにしている。具体的には、そういう場面では必ず「敬語」で話をするようにしている。そして「立場とか肩書きとか気にしなくていい。」というようにしている。それでも気を使われることはあるけど、最低限、気をつけようと思っている。

後になって「本当は同意していない」「あの時おかしいと思っていた」と言われないように。

僕の仕事は介護だ。上司に気を使って相談しなかった悩みや、報告しなかったミスが大きな事故につながるのを知っている。
だから、同意だけに限らず、報告や相談ができる関係性を大切に育みたいと思っている。そのために僕は自分の持ち札を把握しているのだ。

終わりに

「◯○のくせに」という言葉を使う奴には近づくな☺︎

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