「最期の瞬間をどう迎えるか」を話すことが、タブーじゃなくなりますようにって常に思ってる男の話。

brown canoe in the body of water near mountain 介護
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こんにちは。ゆうすけです。

僕は介護の仕事を始めてから8年間で40人ほどの「看取り介護」に立ち合わせていただいた経験から「生と死」というものについてよく考えるようになりました。

今回は自分が経験した看取り介護の事例をもとに死生観やターミナルカンファレンスの大切さについて書いてみようとおもいます。

亡くなる時のことを話すのがタブーであるという雰囲気。

「明日が人生最後の1日だとしたら、どう生きますか?」
という質問に対しての答えを、叶えている人をあまり見ない人生を送ってきました(太宰風)

僕が働いていた特別養護老人ホームは、看取り介護にも取り組んでいる施設だったのですが、多くの方が、亡くなる間際に自分の意思を伝えることなく(それができずに)亡くなっていきました。
そのため、ご家族や介護職員の「これをしてあげたい」「これはさせない」という思いが先行してしまい、無理に食事を提供したり、点滴を最後まで投与する、コーヒーが好きだけど嚥下状態が悪いから飲むことを諦めてもらう、ということが行われてきました。

果たしてそれは、誰のためだったんだろう、と今となっては思います。

看取りについてや亡くなることについての話は、その時が訪れるまでタブーのような雰囲気があります。
それは介護施設だけではなく、親や友達とも話しづらい話題なのではないでしょうか。
日本には無宗教の人も多く、教育の場面においても人の生きる死ぬに関することはあまり語られません。
必ず訪れてしまう「人が亡くなる」時を、無防備なまま迎えようとしているのです。

そして「人は健康な状態で年老いて、整った環境で看取られていく」と思っている人が圧倒的に多いのも事実で
交通事故や災害、突然の病気で亡くなってしまうことを想定していないからこそ
「死」に対して、実感や現実味がなく、遠い先の話だと思ってしまうのだと思います。

しかし、僕が出会った人の中には
・ある日突然余命1ヶ月。
・腸閉塞で入院して手術も終わった後に嘔吐物を喉に詰まらせて。
・食事を喉に詰まらせて。
・病気が発覚したときは「あと半年」と言われていたのに翌日心不全で。
というケースもありました。

初めて、予期せぬ最期を目の当たりにしたときに、僕は後悔が押し寄せ「あのときこうしてたら」「もっと何かできたのではないか」と反省しました。

それ以降、日々暮らしている時からうっすらと、目の前で暮らしている人たちが、やりたいことやできることを意識するようになりました。
亡くなるということをネガティブにではなく、それまで出来ることはたくさんあるとポジティブに考え、周りに伝えることを、意識したのです。

そんな頃、僕は初めてターミナルカンファレンスに参加することになりました。

Aさんのターミナルカンファレンス。

僕が担当していたAさんという方が、老衰のため看取り介護に入る際に、ターミナルカンファレンスが行われました。
参加されたご家族は、よく面会にもきてくださる娘さんと、その旦那さん。職員は、僕と介護主任と看護主任、管理栄養士、理学療法士。

まず、今の状態と今後起こりうる状態変化について看護師から説明しました。
管理栄養士からは、食事状態が落ちてきたときに、どのような食事を用意できるのかや、
理学療法士からは、どのような車椅子があって、寝たままの外出やレクリエーションに参加できることを、介護職員の立場からは、どんな状態でも、ご本人が一番楽しくて、辛くない状態を考え続けることをお伝えしました。

するとご家族から返ってきた言葉は
「もう、延命治療をしないとなると何もできなくなっていくのだと思っていました。
でも、普段職員さんもよく見ていてくださいますし、何もできないのではないんですね。
食事もお散歩もまだ本人が行きたいなら、私たちにもできることはまだあるのでしょうか。」というものでした。

看取りという言葉を聞くと、もう死ぬのを待っているだけだと思われてしまう方もいますが、決してそうではなく、最期の瞬間を穏やかに、最後まで本人の生きたいように生きるのをサポートすることで、普段やっていることと対して変わりはないのです。
ただ、残りの期間に「看取り」という言葉がつくだけ。

僕らのやることは、ほとんど変わりがないということを、改めて知っていただく機会になったなとおもいました。

最後に。

死はある日突然やってきます。
「ターミナルカンファレンス」とは出来なくなっていくことを考えるものではなく、
その時まで自分がどうやって生きて、生き抜きたいか。何ができるのかを考える場所だと思います。

亡くなってしまうのは、悲しいし寂しいしその事実は変えられないけれど、
どんな人生を送るか、明日から何を行動するかは、自分の意思で変えることができる。

みなさんもぜひ、大切な人と話し合ってみてください。

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