「自分らしさ」って結局何なの?を真剣に話し合ってみました。

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先日、初めてお会いした方に「佐藤さんは自分らしさってなんだと思いますか?」と聞かれた。僕は正直に「欲、ですかね。」と答えた。

僕は性同一性障害で、それをカミングアウトしながら生きているからか、初対面の人(ネットなどで事情は知ってる)から、人生や生きづらさについて結構な頻度で相談をうけることがある。

母子家庭で育った、虐待をされていた、DVを受けていた、職場の人間関係がうまくいかない。集めたら一冊の本にできるのではないかと思うくらい、内容の濃い相談ばかりだ。

相談の中でその人は、冒頭のような質問を投げかけてきた。自分にはそれがわからない、と。

自分らしく生きるって?

「自分らしく生きよう!」「自分らしさを大切にしよう!」というコピーを最近の広告でよく見る。けれど、あなたの自分らしさってなんですか?って聞くと大体の人は口籠る。

そんなこと、普段考えていないのだろう。考えなくたって、生きていけるのだから。

言葉の定義は難しい。辞書に載っているものはすぐに納得できるけれど、解釈なんて十人十色だ。しかしうちの会社は「自分らしく生きることを選択できる社会」を理念にしているわけで、企業理念となるとお好きに解釈してどうぞ、とは言えないので「自分らしさ」については、会社設立時に社員と話し合った。

自分らしく生きるって欲求の極みみたいなところだよね。

自分らしく生きられない原因ってなんだろう。

他人に迷惑かけてまで自分らしさを貫くのか?

迷惑かけない選択をする自分も、自分らしさなのか?

この手の会話は面白い。答えを誰も持っていないから、思いつく限りのことを吐き出す(ブレインストーミングっていうのかね。)と思ってもいない方向に話が飛んだりする。それが宝探しをするようなワクワクがあって、僕はとっても好きだ。

今回は話を深めていく中で、このような言葉が出てきた。

自分らしさとは、自分で選ぶこと。覚悟を決めること。

人から見た「あなたらしさ」は押しつけになる可能性がある。

一人になった時の自分と、大勢の中にいる自分(意見も含めて)は違うのかもしれない。

では自分らしく生きるとは?という問いには

自分の意見を素直に言える環境、自分の本心や欲を出せる環境がある。

依存先がたくさんあることで安心につながる。

呼吸器をつけたい、胃瘻の造設をしたい、まだ生きていたい。という欲を正直に話し、選択することができる。

介護職がいればあなたの選択も大丈夫と言える環境づくりができたらいい。

という言葉が出てきた。

最後に

結局、自分らしくなんて誰にもわからないのかもしれない。

人と関わっていく中で「好き」や「楽しい」「したい」と感じることや欲を自分らしさと呼ぶのかもしれない。

その中で介護職にできるのは、どんな選択肢をとったとしても「大丈夫です」と言えることなのだろう。

という結論に至った。

皆さんは、どう思いますか?

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