性別適合手術 in タイ part 2

性同一性障害/治療

3日目《手術日》

手術ができなかった日、僕は通訳の方やアテンド会社の方からの丁寧な説明のおかげで特に不安もなく眠ることができました。
そして朝目を覚ますとすぐに検査のために採血が行われました。
この時通訳の方もアテンドの方もいませんでしたが『翌朝採血がある』と事前に説明があったことですぐに理解しました。

手術の可能性を鑑み、朝7時半から絶食。寝たりYouTubeを見ながら過ごしていると、11時過ぎに看護師さんとアテンド会社の方が病室に来て血液の数値は問題が解消されたので手術ができると教えてくれました。
その後、点滴挿入、浣腸、シャワーを終え待っていると13時ごろに手術室へ移動に。病棟フロアは車椅子で、手術室フロアはストレッチャーで運ばれます。そこでいくつか質問されますが全てアテンドの方が通訳してくれるのでただ答えるだけ。

そして手術室へ。
手術台に乗り、血圧測定器やサチュレーションモニター、心電図をつけた後、酸素マスクのようなものを口元に当てられます。

『ハイ、スッテ〜、深呼吸ね〜』と看護師さんに言われるままに深呼吸してもなかなか麻酔がかからず「あれ?」と思っているとマスクを少し近づけてくれて
「あ〜、効いてきたかも。」と思ったところで、僕の記憶は途切れました。おやすみなさい。

全身麻酔のもと、子宮卵巣摘出手術は始まりました。

次の記憶は療養室で、目が覚めて一番に思ったのは「生きてる。」でした。
漠然と、終わったんだなというのを確認したのちに「あ、トイレ行きたい」と思いましたが膀胱留置カテーテル(尿カテと呼んでます)があるのでおしっこは勝手に流れています。それでも違和感と尿意が強く、看護師さんに3回ほど「toilet」と言ってみましたが『大丈夫よ〜』と言われるだけ(それはそう)

その後病院の通訳さんも来てくださり「無事終わったね。」と声をかけてくれました。また、事前に予定していた術式と違う術式での手術になっているかもしれないと(ガーゼの位置的に)いうことで、それについても聞いてみると「持病を考慮して傷の治りのために術式を変更した」と言われました。
オペ室の中で、先生が考えうる最善を尽くしてくれたことには感謝してもしきれません。

その後は寝付けず、半分ふわふわしながら、鼻についてる酸素の管をいじってみたり、点滴を眺めたりして時間を潰しました。

療養室で4時間くらい過ごしたのち自分の病室へ。
ベッドに移し替えてもらったあと、親や会社に「無事やで」と連絡をしました。今思えば、手術の後なのに割と元気。

夜中に一度腹部の痛みで起きて、1時過ぎにペインフリーを点滴の管から入れてもらい、その後は痛みでちょこちょこ起きながらも「なんとしても寝てやる。」精神でとにかくベッド上で目を瞑って過ごしていました。

痛みですが、傷の痛みは全くなく、重い生理痛や激し目の筋肉痛を想像していただければと思います。鈍痛がずっと続く感じ。

こうして僕は、2020年1月17日に、子宮卵巣とお別れをしたのでした。

4日目《初めての寝たきり生活と仕事》

手術の翌日は1日中ベッド上での生活。痛みもあるし身体も気怠かったので朝のうちはそんなに苦痛を感じませんでした。

しかしお昼過ぎになってくると、不便から不快へ変わり最後には苦痛を感じるほど。電気も消せない、落ちたものは拾えない、とれる体勢なんて限られてきてて動くとお腹が痛い。尿カテーテルはたまに存在感を示してくるし、点滴もたまに痛むのです。
尿破棄や全身清拭も多分看護師がなにも気にしてないのは知ってるけど恥ずかしかったです。何かしてもらうにはナースコールを押すのですが、呼びすぎるのも悪いし言葉通じないとなると、これは我慢するのが一番いいのではないかと、ついに虚無モードに入ってしまいました。

ただ 「あぁ、利用者さんもこんなこと考えていたのかな。」と思い始め、自分の仕事を振り返るいい機会でもありました。

・「いつでも呼んでくださいね」って言われても申し訳なくなる。
・ずっとベッドにいるのは想像以上にしんどい。
・自分の伝えたいことがうまく伝わらないストレス。
・痛みがある生活って、こんな感じなんだ。
・排泄介助、いちいち声かけられる方が恥ずかしい。

自分が寝たきりの生活をして初めて知った感情に、改めて、介護職としてなにができるのかを考えた1日でした。

5日目《尿カテがとれた》

前日の夕方にアテンド会社の方から「明日おしっこの管取れると思うよ」と言われていたので、楽しみに待っていると、11時ごろに看護師さんが尿破棄をしたあと、無事にカテーテルを抜いてくれました。順調におしっこが流れていたということでしょう。水をたくさん飲んでよかったです。
カテーテルが外れた後はシャワーを浴び、一日ぶりの自由を満喫しました。
これが、上下同時(乳腺摘出と子宮卵巣摘出)だと、寝たきり日数がもう少し長いのでリハビリのために歩く時間を設けらるようですが、僕にはそれもなく。

病室内をグルグルと歩き回っていました。

これは、排泄機能を活発にするためで、術後腸閉塞になっていないかを確認するためでもあります。看護師さんはこの2日間「おならは出た?うんちは出る?」と会うたびに聞いてきます。

ちなみに僕はご飯をあんまり食べていなかったので、
ガスは出ても便があんまり出ず。出ても水様で、お腹が張る感じがありましたが手術後でうまく力むこともできず、いつもより長めにトイレに座ることで対応。
おしっこも、丸2日尿カテ頼りだったので、排尿感覚がいつも通り戻るのに2日かかりました。

この日はとにかく「自由」のありがたみを感じた1日でした。

6日目《退院。》

20日朝。朝食を食べ終わるといつもどおり看護師さんが傷口の消毒と防水テープを貼ってくれた後、お風呂に。
ちなみにバスタオルを持ってくるのを忘れたらしく、余ってたタオルケットで身体拭いてと言いながら笑ってました。僕も笑いましたさすがに。

そして5日ぶりの私服に着替え、私物を片付けて退院の時を待ちました。

お昼ご飯の後、同じ日程で来て先に手術を終え退院していたAくんが消毒のために通院していて、アテンドの方と一緒にお迎えに来てくれました。

退院後はアテンド会社(SOPHIA BANGKOK)さんのレジデンスへ。
一人一部屋あって快適空間すぎました。

一息ついた後は、レジデンスの近くのお店をA君が案内してくれました。ガモン病院の近くにはイオンが入ってるショッピングモールのような施設がありスターバックス、やよい軒、MKレストラン、マックやケンタッキーなど日本人も馴染みの店があるので、食事にも困らず一安心。

飲み物やお菓子を買ってレジデンスに戻り、夜はアテンドの方が近くを案内してくれて、美味しいかた焼きそばを食べました。

退院したその日なのに、これだけ動いていいのかなと思いましたが、特に問題ないみたいで(僕の身体が。)
レジデンスに戻った後はお風呂に入って、翌日観光に行くところを決めて眠りにつきました。

続く。

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